「手足のしびれが取れない」「視界がぼやけて見える」「疲れやすく、うまく歩けない」それらは単なる疲れやストレスではなく、「多発性硬化症」の初期症状かもしれません。この疾患の怖さは、「症状が落ち着いたと思ったら、また再発する」「再発するたびに後遺症が少しずつ残っていく」という不可逆的な進行にあります。視力、歩行、感覚、排尿、認知機能……影響は多岐にわたり、進行性の場合は車椅子生活になるケースも。ここでは多発性硬化症と、再生医療を使った治療方法についてご紹介します。
<コラム監修者>
田中聡(たなか さとし)
表参道総合医療クリニック院長
大阪医科大学医学部卒業。救急車搬送が日本で一番多い「湘南鎌倉総合病院」や「NTT東日本関東病院」にて脳神経外科医として脊椎・脊髄疾患、脳疾患、がん患者の治療に従事。その後、稲波脊椎関節病院で脊椎内視鏡、森山記念病院で脳・下垂体の内視鏡の経験。様々な患者様を診療するようになりました。しかし、脳出血や脳梗塞の方は、手術をしても脳機能自体は回復しないため、麻痺は改善しません。また腰痛が改善しなかったり、手術後も痛みやしびれが残る後遺症に悩まされている患者様を見てきて、「現代の医療では解決できない問題を治療したい」と表参道総合医療クリニックを開院しました。日本脳神経外科学会認定 日本脳神経外科専門医として、現在は多数の腰痛日帰り手術や、再生医療などを行い、多方面から高い評価をいただいています。
◆目次
1.多発性硬化症とは?
2.再生医療とは? 破壊された神経の修復を目指す新たな選択肢
3.実際の研究は?
4.当院の幹細胞治療・サイトカインカクテル療法の流れ
5.費用について
6.幹細胞治療のメリットとデメリット
7.まとめ
┃1.多発性硬化症とは?
多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)とは、中枢神経に炎症が起き、神経の伝達を助ける髄鞘(ずいしょう)が破壊されてしまう自己免疫疾患です。特に20代〜40代の女性に多く、国内でも約2,000人に1人が発症していると言われています。
<髄鞘とは>
髄鞘とは別名、ミエリン鞘とも呼ばれる構造体。神経細胞の軸索のまわりを幾重にも包み込んでいる脂質に富んだ膜構造です。中枢神経系の「オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)」と、末梢神経系の「シュワン細胞」で構成されており、神経細胞の情報伝達を担う軸索の物理的な保護をしています。そのほかにも軸索を絶縁し、隣接する神経線維との誤った信号伝達を防ぐほか、伝達の高速化を促します。
<多発性硬化症の主な症状タイプ>
神経を保護している髄鞘が壊れることで、脳や脊髄の信号がうまく伝わらなくなり、さまざまな症状が出現します。症状の進行の仕方や、憎悪と改善によって、主に3タイプに分類されます。いずれのタイプでも、症状が進行すると後遺症などの可能性が高まるので、早期発見と早期治療が大切です。
タイプ | 略称 | 詳細 |
---|---|---|
再発寛解型 | RRMS | 多発性硬化症患者の約8割が分類される、最も多いタイプ。症状が急に現れては、症状が改善または解消することを繰り返します。また再発を繰り返すうちに後遺症が残る可能性が高まるほか、時間の経過とともに二次性進行型に以降する可能性もあります。 |
一次性進行型 | PPMS | 最初から徐々に進行し続けるタイプ。再発や寛解(病状が病気が完全に治癒していないが、一時的または永続的に軽くなったり、消失したりした状態)は見られず、持続的に進行していきます。 |
二次性進行型 | SPMS | RRMSの経過のあとに移行するタイプです。一次性進行型よりも症状の悪化が早く、さらに進行スピードもより速まる場合があります。 |
┃2.再生医療とは? 破壊された神経の修復を目指す新たな選択肢
従来、多発性硬化症の治療では、再発頻度を減らすためにインターフェロンβ製剤やナタリズマブなどの免疫抑制剤や免疫調整薬を使っていました。しかし、これらはあくまで進行を遅らせることに特化した治療で、すでに壊れてしまった神経の修復はできません。そのため、破壊された神経機能が担っていたものは、後遺症として残ってしまうという問題がありました。
再生医療は、これらの治療方法とまったく違うアプローチをとります。壊れた髄鞘や神経細胞そのものに働きかけ、神経機能の再構築を促します。
【幹細胞治療の特徴】
- 自分の体の組織から採取できる
- 炎症を抑える「免疫調整能力」がある
- 必要に応じて神経細胞や支持細胞へ分化する
- 神経を保護する因子(BDNFなど)を分泌する
これらの性質により、壊された神経伝達路の再配線を助けることが期待されています。
<再生医療を使った治療方法>
【幹細胞治療】
幹細胞は身体の修復や再生が必要なときに自ら細胞分裂を行い、傷ついたり不足した細胞の代わりとなる細胞です。体の修復能力を持つので、これまで難しかったとされる症状も治すことができると注目を集めています。
幹細胞は分裂して同じ細胞を作る能力を持った「組織幹細胞」と「多能性幹細胞」の2種類に分けられます。組織幹細胞の中でも間葉系幹細胞は骨髄や脂肪、歯髄、へその緒、胎盤などの組織に存在する体性幹細胞の一種で、さまざまな細胞へ分化することができます。
患者自身の体から採取した脂肪細胞をもとに幹細胞を培養。「幹細胞治療」では、培養した細胞そのものを患部に注入します。
【サイトカインカクテル療法】
幹細胞を培養した際に生じる培養上清液には、幹細胞から放出されるサイトカイン(成長因子、神経保護因子、血管新生因子など)が多数含まれています。これを治療に使用する方法を「サイトカインカクテル療法」と呼びます。細胞ではなくタンパク質のため腫瘍化(がん化)しないのも特徴の1つです。
┃3.実際の研究は?
幹細胞治療はまだ保険適用外ですが、世界各国で多発性硬化症への効果が期待されており、現在も複数の臨床試験が進められています。2023年の国際神経学雑誌に掲載された研究では、脂肪由来間葉系幹細胞を髄腔内投与した多発性硬化症患者に対し、下記の効果が報告されました。
- EDSSスコア(障害度評価)の改善
- MRIでの炎症病変の減少
- 患者QOLの改善
副作用としては軽度の発熱や倦怠感程度にとどまり、重篤な合併症は報告されていません。
【幹細胞治療が向いている多発性硬化症患者】
- 進行性多発性硬化症で、現行の薬が効かないと感じている方
- 副作用に悩み、薬を減らしたいと考えている方
- 将来的な歩行困難や失明のリスクに備えたい方
- 少しでも今の神経機能を維持もしくは回復したい方
┃4.当院の幹細胞治療・サイトカインカクテル療法の流れ
幹細胞治療は、患者様自身の細胞(主に脂肪組織など)から取り出した「幹細胞」を体に戻すことで、壊れた組織を修復・再生する医療技術です。再生医療のポイントは2つあります。
<①カウンセリング>
事前に服薬情報やMRI画像などをご用意していただいた上で、医師がカウンセリングを行います。体調や既往歴、服薬中の薬、リハビリ状況などを伺います。
<②検査>
感染症の有無を調べるための血液検査や、胸部のレントゲン検査、心電図検査などを行います。
<③脂肪採取・血液採取>
腹部からごく少量の脂肪を採取します。入院などは不要な場合がほとんどです。
<④幹細胞の培養>
幹細胞を使った治療の場合、脂肪細胞から幹細胞を分離、培養します。培養には約3週間を要します。
<⑤幹細胞の投与>
培養した幹細胞を投与します。投与方法は、関節リウマチが起きている箇所に直接作用するよう注射で投与する「局所投与」か、血液から作用させる「点滴投与」の2種類。ただし、直接作用したほうがより効果が期待できるため、局所投与を推奨しています。
<⑥経過観察>
治療後の効果について定期的に経過観察を行います。治療効果を確認しながら、リハビリを併用します。
┃5.費用について
再生医療は保険適用外の自由診療となります。費用の一例は以下の通りです(すべて税込)。
項目 | 価格 |
---|---|
医師による診察・カウンセリング | 11,000円 |
感染症検査(採血) | 11,000円 |
幹細胞培養上清神経修復治療 | 1か所44万円 |
幹細胞培養上清髄腔内投与 | 1回 55万円 |
脂肪由来幹細胞点滴投与 | 1回165万円 |
脂肪由来幹細胞髄腔内投与 | 1回198万円 |
┃6.再生医療のメリットとデメリット
幹細胞治療はさまざまなメリットがある一方、新しい治療であるためリスクも存在します。
<メリット>
- 患者自身の細胞を使っているので安全性が高く、副作用が少ないです
- 今までは対応が難しかった症例も根本的に治療ができる可能性があります
- 入院の必要がなく、外来で治療をすることができます
<デメリット>
- 自由診療のため保険が適応されません
- 新しい治療法のため、長期での体への影響が確認されていません
- 患者自身の再生力を利用した治療法なので、効果が現れるまでに個人差があります
┃7.まとめ
多発性硬化症は、進行性でありながら症状が出たり消えたりするため、周囲の理解も得づらく、見えない苦しみを抱えやすい病気です。これまで「症状を抑える」ことしかできなかった多発性硬化症治療ですが、再生医療の登場によって、壊れた神経を修復できる可能性が高まってきました。まだ発展途上の分野ではありますが、諦めるにはまだ早いかもしれません。ご自身の症状と、未来のために選べる治療の一つとして、幹細胞治療を検討してみてはいかがでしょうか。
【参考資料・論文】
・Bonab et al., 2023. MS patients treated with MSCs show improved EDSS scores and MRI findings
・Freedman et al., 2022. Autologous mesenchymal stem cells for MS: Phase II study